中村文則『何もかも憂鬱な夜に』感想 生きる意味とは。絶望のなかで。
自分の力ではどうしようもない状況。
生きていると、そういうものと向き合う場面が必ずあります。
たとえば、
・人前に立つことが苦手なのに、全校生徒の前で発表させられる。
・テストのためにやりたくもない勉強をする。
・必死で練習しているのに、試合で活躍することができない。
・好きな人が振り向いてくれない。
・就活がうまくいかない。
・重たい病気を患う。
・いじめに遭う。
みたいな感じです。
これらはすべて僕の経験談ですが、読んでいるあなたにも1つくらい共感できるものがあるんじゃないでしょうか。
こういうことがあると、ついネガティブになってしまいますよね。
いっそ全部を諦めた方がいいんじゃないか……。
今回は、憂鬱なあなたに読んでみてほしい小説を紹介します。
中村文則『何もかも憂鬱な夜に』 集英社文庫
中村文則さんは僕が個人的に大好きな作家さんです。
一度読んでみた方はわかると思いますが、中村さんの作風はとても特徴的です。
誤解を恐れずに一言でいうなら、とにかく暗い(笑)。
作中はつねに重苦しい雰囲気が流れていて、息苦しさを感じる人もいるかもしれません。
一般的にヒットするハリウッドやアニメ映画とは真反対の性質をもつ作家さんだと思います。
僕も最初に読んだときは、思わず驚きました。
「なんだ、この後ろ向きは小説は」って(笑)。
でも読み進めるうちに、
「あれ、意外といいかも」
「むしろこういうのを求めてたんじゃないかな」
「そうだよ、いまの僕に必要なのはこれだったんだ!!」
みたいな過程を経ました。
……なんか、怖いですね。自分で書いていて洗脳されてるみたいだな、って思いました。
怪しい宗教かも……って感じた方は、いますぐブラウザバックすべきです。
きっとその直感は正しい。
『何もかも憂鬱な夜に』の見所。
『何もかも憂鬱な夜に』は刑務官である主人公の「僕」を中心として、話が進んでいきます。
施設の出身である主人公は、幼い頃から生きにくさを感じています。
彼は成長し、刑務官として職務についていて、そこに生じる葛藤が作品の核です。
そんな本作には、主人公の友人だった「真下」という人物のノートが登場します。
僕はここを読んで、心を強く揺さぶられました。
以下に、一部を引用します。
イライラする。もう我慢できない。声を上げるが、治まらない。無理かもしれない。僕は、自分が甘えていることを知っている。少なくとも、知っているつもりではいる。でもなぜだろう。なぜこんなことで、こうなってしまうんだろうか。じっとしていると、胸がドキドキして、たまらなくなる。腕をかきむしる母親を見た瞬間、壁を殴った。なぜだろう。僕はどうなったのだろう。
こんなことを、こんな混沌を、感じない人がいるのだろうか。善良で明るく、朗らかに生きている人が、いるのだろうか。たとえばこんなノートを読んで、なんだ汚い、暗い、気持ち悪い、とだけ、そういう風にだけ、思える人がいるのだろうか。僕は、そういう人になりたい。本当に、本当に、そういう人になりたい。これを読んで、馬鹿正直だとか、気持ち悪いとか思える人に……僕は幸福になりたい。
出典:中村文則『何もかも憂鬱な夜に』
このノートは「真下」が学生のときに書いたもの。
僕も思春期のときに似たような感覚を持っていたので、ここを読んだときに自分の内面を言語化されたような気分になりました。
なんとも複雑ではありましたが(笑)。
このシーンでは、中村文則さんの持ち味が抜群に発揮されていると思います。
暗くて、重くて、でもどこか共感できる考え方。
中村さんは、こういうことを書くのが本当に上手ですね。
この「真下のノート」のシーンは、何度も繰り返して読むくらいお気に入りです。
なぜ生きるのか。希望とは。絶望とは。
「真下のノート」の部分を引用したことで、なんとなくこの作品の雰囲気は伝わったんじゃないかと思います。
全編通してなんともいえない絶望感がただよう今作ですが、そのなかでも一筋の希望みたいなものが提示されます。
それが、施設長のシーンです。
幼い頃の主人公が育った施設。そこで働く施設長のセリフは、僕を救ってもくれました。
施設長はアメーバをたとえとして、話をします。
はるか昔の地球に生まれた、単純な生命であるアメーバ。
そこから伸びてきた生命のつながりが、いまの自分につながっている、と。
「現在というのは、どんな過去にも勝る。そのアメーバとお前を繋ぐ無数の生き物の連続は、その何億年の線という、途方もない奇跡の連続は、いいか? 全て、今のお前のためだけにあった、と考えていい」
出典:中村文則『何もかも憂鬱な夜に』
すべてが、全部自分一人のためにあった。
すごい考え方だと思いませんか?
ずっと続いてきた生命の糸が、自分のためだけに存在している。
見方によればこれは、真理です。
おわりに。
この小説を読んでも、世界は好転しません。
突然、自分がすごい人になることもありません。
ただ、同じような生きにくさを感じている人がいる。
そう思えるだけで、少しだけ救われるかもしれません。
興味を持った方は、ぜひ手に取ってみてください。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!